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ベルリン青

ベルリン青という色がある。プルシアンブルーとも呼ばれるこの美しい紺青は、かつてベルリンで偶然に発見されたものだそうだ。

職人が口伝で製法を伝えていたころ、この顔料の作り方は不思議なコツがあるとされていた。曰く、「新品じゃなく、古鍋を使わなくちゃいけない。それから鍋で原料を煮込むとき、ガンガン音を立てて乱暴にかき回すといいのさ。でかい音がするほど、美しい青ができる」と。

後世の我々は、この顔料が鉄イオンによって色づいていることを知っている。そして、鍋の音がどうして製造に必要だったのかも理解することができる。錆びた鉄鍋を音高くこすることで、鍋の鉄が顔料に溶け込み、ベルリン青ができるのだ。背後にある原理がわかってしまえば、なんと回りくどく、効率の悪い方法だろうと感じてしまうが、原理が判明する以前であれば致し方ない。試行錯誤の中で、音に着目して製法を確立したのは、当時としては画期的な技術的進歩だっただろう。

現在の機械学習では、DNNの強力な学習能力を使ったEnd-to-Endの問題設定を行うことが多くなっている。適切なモデル化がわかっていない段階でも、十分な入力を与えておけばNNが適切な構造を見出し、結果を正しく推定してくれる。もし、ベルリン青が発見された当時にDNNがあったとしたらどうだろうか。製造効率を上げたいと相談を受けた我々は、まず職人の動きを観察し、ありったけのセンサで情報を収集する。そして誰かが、音を入力、製造量を出力としたDNNを構築し、モデルの学習に成功する。これで製造量は増え、我々は万々歳…というのが、現在主流となっている問題解決手法ではないだろうか。

ここでは、最近のアプローチを非難したり、貶めようとしているわけではない。原理がわからない状態での手法としては極めて有効であるし、実際に「役に立つ」。そもそも原理を「知る必要がない」場合もあるだろう。DNNによる学習は、圧倒的に強力なツールを我々に与えてくれた。それでも、もし我々が鉄イオンの存在を知ってしまったら、かつての「魔法」の輝きはとたんに消え去り、古びたものに見えてしまうだろう。コンピュータサイエンティストは、様々な世界で魔法を作り出し始めているが、それを古びさせることもまた、これから取り組むべき仕事になるのだろう。

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